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長野地方裁判所諏訪支部 昭和33年(わ)113号 判決

被告人 少年 N(昭一四・一二・二三生)

主文

被告人を無期懲役に処する。

押収中の登山用ナイフ一丁(昭和三四年証第二号の一)はこれを没収する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

第一、罪となるべき事実(境遇及び動機を含む。)

被告人は、生来神経質で内攻性性格を有し且つ父親に早く死別して母親の手一つで育てられたため人格の萎縮(いじけた自我、自信の欠如、精神的無力さ)を持つ一八歳を過ぎた少年であるが、昭和三〇年三月長野県岡谷市○○中学校を卒業後同市所在の○○造機株式会社に工員として勤めるようになり、肩書本籍地から同会社に通勤していたところ、中学最終学年頃から頭痛を意識するようになり、その後これを苦にしてときどき専門の医師の診察治療を受けたけれども、その期待するような効果が現れなかつたので自己の精神状態に懐疑と不安の念を持ち、そのため強度の劣等感を抱くようになつていた。ところで、被告人は前記人格の萎縮が原因となり勤労意欲に欠けるところがあつたが、昭和三三年五月頃には欠勤を続けているうち右会社を退職となり、その後は一定の職もなく、ときどき母と兄の営む農業の手伝をしながら時を過しているうち、一度東京に出て働き華やかな生活をしてみたいという考えを抱くようになり、ついに独り上京することに意を決し、自己の郵便貯金の全部を払戻したり、自転車を売却したりして得た約五〇、〇〇〇円位の金員を持ち、家人には上京する旨の置き手紙を残したまま、同年六月初旬家出上京をした。上京後被告人は、東京都○区×××町△丁目△△番地のそば屋「○○○庵」に住込んで働いていたが、そこでも辛抱することができず、同年七月三一日をもつてそこを辞め、その後は主として同都○○区××××△丁目△番地の○○屋旅館に宿泊し映画などを見物しながら徒食していた。そうしているうち、被告人は、所持金も残り少なくなつてくるし適当な就職先も見つからないので次第に焦燥感情さえ生じ、同年八月末頃には他人の家に押し入つて金銭を強奪しようと考えるに至り、その考えを実行に移した場告の兇器に使用する目的で刄渡り約一二センチの登山用ナイフ一丁(昭和三四年証第二号の一)、家人を縛りあげる場合に使用するために針金若干(同証号の一四、一五、二二)を購入してその準備をしたが、かれこれ思案をめぐらした末、東京都内での犯行は地理の不案内のところから見合せ、結局地理その他の様がよくわかつている肩書本籍地の近所である長野県岡谷市長地区東堀三、二一七番地の二オリンパス工学工業株式会社工場長の内藤隆福方に押し入り金員を強奪しようと企て、前記の兇器及び針金の外に、指紋を残さないために着用する軍手一双(同証号の二、四)、犯行時特に着用するためにズボン一本(同証号の二八)などを購入し、さらに、犯行後の着替のための衣服も用意し、なお、前記内藤方の四囲の事情や逃走経路などにつきあらかじめ下見分をなし、また前記オリンパス工業株式会社諏訪工場に電話をかけて右内藤家の人数や在宅者などを問いだす等極めて周到な犯行準備を行つた。

かくして、被告人は、同年九月一六日午後九時頃右の軍手、ズボンなどを着用し、右登山用ナイフ、針金を携行して前記内藤方玄関に至り声をかけたところ、折柄只一人留守居をしていた前記内藤隆福の妻内藤喜美子(当時四三年)が玄関に接する三畳間に応待に出て来たので、突如同女の胸元に所携の右登山用ナイフを突きつけ、「静かにしろ」と申し向けて脅迫したところ、同女が驚愕のあまり大声をあげて奥の間に逃げようとしたので、これを追つて捕り押さえようとしたが、同女が激しく反抗するため捕り押さえることができず、右三畳間で争つているうち、被告人は、咄嗟に同女を殺害して金員強奪の目的を達しようと決意し、前登山用ナイフで同女の左背部を一突きし、その場に同女を倒してその頸部両手で強く締めつけた上、さらに、右登山用ナイフで同女の左胸部を三回に亘り突き剌し、その結果同女の左背部に深さ肺に達する剌創を、左胸部に深さ肺並びに心臓に達する剌創を負わせ、よつて、右心肺の刺創による失血、血液による呼吸障碍並びに心曩タンポナーデのため同女をその場に死亡させて殺害した上、同家の一階及び二階を物色して前記内藤隆福所有の現金約四、二〇〇円を強取したものである。

第二、証拠の標目

(中略)

一、殺意の点の間接証拠として、以上の証拠を総合することによつて認めることのできる被告人の使用した兇器が刄渡り約一二センチの鋭い登山用ナイフである事実、被害者の左背部を一回突き刺してこれを倒し両手で首を強く締めつけた上、さらに右登山用ナイフで急所の左胸部を三回に亘つて突き刺している事実、右による刺創は深さ心肺に達している事実。

第三、被告人の陳述及び弁護人の主張に対する判断

被告人は、判示犯行当時精神異状の状態にあつた、と陳述し、弁護人は、被告人の判示犯行は心神耗弱の状態における行為である、と主張する。しかし、長野少年鑑別所作成の鑑別結果通知書、当公廷における証人井上武彦の証言及び医師小沢二郎作成の証明書によると、被告人がかつて頭痛症に罹患していたことはわかるけれども、それは神経症であつて、それらのみでは刑事責任に影響のある病気であるとは認められない。却つて、前記挙示の証拠によると、本件犯行は、被告人が、犯行直前被害者宅の様子をさぐるため工場に電話をかけたり、被害者宅附近を下見分したりして事前に周到な計画を行つていること、また犯行に当つては指紋を残さないように両手に軍手を着用し、強取に当つても足のつくのを慮り現金以外の貴金属類を奪うことをさけ、沈着冷静に行為していること、犯行後兇器や血液の付着した衣類を捨てる場所、捨てる方法にも考慮を払い、逃走方法についても足跡を絶つため川の中を歩き、犯跡をかくすために意を用いていることなどが明らかであり、これらのことは被告人の精神状態の正常性を示してあまりあるものであり、到底被告人が犯行当時是非善悪を弁識し、その弁識に従つて行為し得る能力を全く欠いていたということは勿論のこと、その能力を著るしく欠いていたということもできない。よつて、被告人及び弁護人のこの点の主張は排斥を免れない。

第四、法令の適用

判示被告人の所為は、刑法第二四〇条後段に該当するから、所定刑中無期懲役刑を選択し、被告人を無期懲役に処する。押収中の登山用ナイフ一丁(昭和三四年証第二号の一)は被告人が本件犯行の用に供した物で犯人以外の者に属しない物であるから、同法第一九条第一項第二号第二項によりこれを没収することとし、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文によりこれを全部被告人に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 馬場励 堀江一夫 田中加藤男)

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